29章 魔道書は危険
ガーディアを追うのを諦めて街に向かって歩き始めてから、私はおかしいことに気づいた。
「あれ。でも確か、剣は折れたんじゃなかった?」
私、確かに見たよ。牢屋をぶった切りにして、剣がポッキリと折れたの。
「替えは幾らでもある」
呆れた顔でレイが言う。でも、拳であのなんだかわけわからないのに攻撃できるはずがないけど。
「隠し持つことにかけてレイの右にでる者はおらんよ」
カースさんがレイの背から顔をあげて笑って言った。
「剣の腕もすごいと思うけど」
私じゃ牢屋はおろか木材すらスッパリとは切れないよ。力が必要だし。でも合点はいくかも。
レイって力強いし剣の腕もある。速いし殺人を躊躇わないどころか認めちゃってる。
すっごくこれって、暗殺者に向いてるような。武器を隠し持つのが上手なところも。
「ねえ、そのコート見せて」
コートの内側にあるのかな? ポケットがびっしりあるのかも。
「見ても何もないがな」
レイはそう言ってコートを脱いで渡してくれた。大きいから持つのに少し苦労したけど。
歩みを止めてコートをよく観察してみる。
「ホントだ、何も入ってないや」
くまなく探したけどポケットすらなくて、ただのコートでしかなかった。
「それは防火コートじゃ。ついでに水も弾くがの」
へー。撥水性もあって耐火性もあるのって日本、世界中どこを探してもなさそう。
耐水とか撥水ならわかるけど、防火性を兼ね備えた布って火鼠の皮衣くらいなものだろうし。
この黒コート、みためは普通なのに。素材が違うのかな?
「そろそろ返せ」
私は素直にレイにコートを返した。でも、着るつもりはなさそう。
コートを外したレイの格好は、両耳ピアスに首にネックレス。指には何もつけてない。
ベルトには鍵のまとまりがある。シンプルな格好とアクセサリー。以外と似合ってた。
服装は黒コートを脱げばいたって普通の格好。コート1つで変わるものだなぁ、印象って。
「でも、どこに隠してるの?」
「さて、どこだと思うかのー」
カースさんはヒントなしでは解けなかったと言った。うーん、特に妖しい物はないよね。
服は普通のレイに合うサイズ。服に隠せそうな場所はないし。
レイがアクセサリーしてるっていうのは、ちょっとおかしいけど。
じーっと種類の違うピアスとちょっと大きめのネックレスを交互に見る。
やっぱりおかしくなんてないなぁ。レイの性格には不似合いだと思うけど、容姿には合ってる。
「……正解」
ポツリとレイが言った。それからまた歩き始める。
「え?」
何が? 私、何も言ってないよ。
「ほぅ、良い眼をしとるのぉ」
ほっほと、またカースさんが笑う。そう言われたって話が見えないんだけどー。
「話が飛んでてわかんないってば」
レイが巾着をとりだした。あ、それ私がいつの間にか落したやつ。拾っててくれてたんだ。
「こういうことだ」
取り出された剣の形をした氷が……本物の剣になったぁ!? さっきまで氷だったのに。
おばあさんにもらった物がどうしてこうなるの?
「えー! どういうこと? 本物だよね、これ」
「ああ」
剣先にツンツンと触れてみたら金属の持つ冷たさが指を伝う。いきなり大きくなって、物質が変化?
「いったいどうやって」
私は首を傾けた。うーん、これはもう常識の通用しない範囲だなあ。
あ。いつの間にかレイがずっと先にいる。私は走ってレイに追いついた。
「そういえば……ミレーネさん?」
まだ、レイとの距離は縮まらない。でもさっきからミレーネさんの気配がしない。
鈴実は霊でも気は発するって言ってたのに。どういうこと?
「ううーん?」
今は寝てるのかも。霊が寝るのかわからないけど。でも、大丈夫だよね?
幽霊ってもともと、生物より気配が弱いらしいし。
「ふわぁ……」
なんだか、急に今更安心しちゃって。眠くなってきた。
一人で敵地に乗り込んでガーディアやミレーネさんと出会って。
たった半日でいろいろとあったからなあ。緊張してたのかも。
あの森を通っていた時、何度も鈴実達と早く合流したいなーと思ったし。
まるで緊張の糸がプッツリと切れたかみたいに安堵と一緒に睡魔が押し寄せてくる。
「寝るな」
あう。うとうとしていた所をレイに現実に戻されて私はむっとなる。
反射的にレイを睨んでもレイは何も言わないで歩き始める。
「ほほっ、面白い娘じゃの」
あー! カースさんまで。笑うことないじゃない。むー。
「眠いものは眠いんだもん」
そう言った私を、レイは私を一瞥しただけだった。
「それくらい我慢しろ」
「お前さんが年の近い者と言葉を交わすとはのー」
またカースさんは言って朗らかに笑った。一番よく笑ってるの、カースさんだよ。
「……」
言葉に詰まったレイは小さく舌打ちをした。そんなに珍しいことかな?
機会がなかったとか、ただそういうだけのことじゃないのかな。
「宿まだぁー?」
いい加減足も疲れてきた。今日、昨日とで歩き続けたし。寝たい。ベットの上で丸まって寝たい。
固いベットで良いからとにかくベット。すごく眠いー!
「もう少しじゃよ。……見えてきたの」
やった! 疲れてて声がでないけど。ベットベット。この際ソファーでも良いから。
昨日はまともに寝れなかったもん。神経研ぎ澄ましておかなきゃならなかったし。
適当な宿にはいって、待合用の椅子に深くこしかけた。はぁ、疲れた。
今日はこのままでも眠れそうだよー。それくらい眠かった。
「……みちゃん?」
ふえ? 誰かが私を呼んだような……気のせいだよね。今はただ寝たい。
宵も深まり、街灯も人々が眠るために消されたその頃合い。僕は調べものが済んだその帰り道を急いでいた。
今日はこんなにも遅くまで単独行動をとっていただけに、宿にいるはずの皆が心配だ。
なるべく早くに、と地面に注意を払いながら駆ける僕の足に一筋の光が触れた。少し足を止める。
足下に、明かり? 出所を探して目線を上げて僕は納得がいった。そこには一軒の建物があった。
ああ、あそこから。きっと宿屋なんだろうな、こんな時間でも光源が必要だというなら……あれ?
大きく開かれた扉の片隅で見覚えのある髪が少しだけ揺れて奥へ移動した。
もう扉に近寄っても確認はできそうにない。でも……あれは、まさか。
「清海ちゃん?」
名前を口にしてから気づく。見間違いをしたんだ、と。
だってここに清海ちゃんがいるはずない。いられるはずがないんだ。
ここは闇通り。この王都でも特に危険な場所だから。一般人が用心もなしに通れるようなところじゃない。
そうだよ、と僕は思い直してまた道を急ぎ始めた。
疑いは払拭しきれないけど、まずは僕が皆の元に帰ることが出来なければ話にならない。
でも、思わずに声にしてしまうほど──清海ちゃんの頭に似ていた。あんなに綺麗な黒髪を持つ人は少ないから。
「まあ、それを言えば鈴実ちゃんもそうだけど」
でも鈴実ちゃんは明るい日の下だと、うっすらと紫色が混じっているのがわかる。
髪が黒いのは靖君もだけど、彼は男だし。レリちゃんは黄緑色のはねっかえりの激しい髪。美紀ちゃんは濃茶の髪。
旅に同行させてもらっている人たちは皆、いい人ばかりだ。多少の無茶をしたっていい、期待に応えたい。
それで……もしも。年も近いし、仲良しになれたらいいな。僕には高望みだっていうのはわかってるけど。
今は誰もいない。呟きにしても咎める人はいないんだから、夢見ることくらいしたっていいよね。ねえ、神様。
ああ、考えが逸れてた。そろそろ出口が近いんだ、踏むべき手順に気を付けないと!
……さっき、一瞬だけ見えた人影が清海ちゃんじゃないと言い切れるだけの理由はちゃんとある。
此処では、通る路地一つにしてもちゃんと選ばなければ望むものを見つける前に狩られる。
自分の社会的地位、最近の政治の勢力図、路地の繋がり。少なくともこれを押さえておかなければ通りを歩けない。
僕が単独行動を取ったのは此処でなければ掴めない情報を知る必要があったからだ。
他の皆を連れていては、もしはぐれたらそれが間違いなく最後になるだろう。生きて再会することは望めない。
それに、彼女はたとえ一歩であろうと闇通りに足を踏み入れることも適わないはずだ。
一般人が迷いこんだりすることのないように、闇通りは入り口全てに魔法が施されている。
いかに魔力が高かろうと、それに気づいていないのならば此処には入れない。
それは逆に、魔力を全く有さないものでも手順を踏めば入ることはたやすいことでもある。
入る者を選別するそれは、力関係に左右されない。この国の機密事項にも関わっている超一級の魔法。
知らないうちに手順を正しく踏んで闇通りに迷いこむということは絶対にない。
もしも万が一、そんなことが起こりうるとしたら──その人は神憑きだとしか考えられない。
だけど、清海ちゃんは聖女じゃないんだから。加護は受けていても、神そのものが憑いているはずがない。
「……あった。もう手順を踏み始めないと」
入るためには手順が必要なように、出るのにも手順が必要だ。
目印を見つけることは簡単だった。後は、順番を間違えずに目印を辿るだけで良い。
でも、そうする前に。どうやら相手をしなければならない相手がいるらしい。
後をつけられていることには大分前から気づいていた。でも、何時から後ろにいた?
闇通りの狩人たちは、自分たちの領域に踏み込んだ者しか狙わない。
此処に棲む者ならば通る路地を選び間違えなければ誰も襲いはしない。
混沌そのもののようでも、ある程度の秩序は存在する。
全ての路地が狩人の領域になっているわけじゃない。勢力図としては空白の部分がある。
いわゆる中立、不干渉の通りが幾つか存在する。僕はその空白地帯をずっと通ってきた。
道を間違えたとも思えない。もしもそうならば、領域に侵入してしまった時点で襲われていた。
此処の住人でないのなら、相手の正体はなんだって言うんだ。
殺気は感じない。何だろう? 複数なのか単数なのかわからないけれど、確実なことは一つ。
「……来る」
言葉を口に乗せた途端に辺りが闇に包まれた。いや、本当は僕の周囲だけかもしれない。
正鵠を期すのなら、僕の見渡す場所はすべて黒一色に染め上げられただけなのだから。
「これが、あの闇か」
噂には聞いていた。ビストレードの闇。存在はシェルを訪れる前から知ってはいたけど。
ビストレードという名の森から突如現れ人は成す術もなく闇に呑み込まれるのだという。
厄介だなあ。怖くはないけど。何故、発生したかわからないけど精霊の仕業じゃないことはわかるんだけど。
とにかく正体は不明だ。誰が何の目的で発生させているのかも。
この地には静寂を司る闇の神が眠るという。その神の遺物を誰かがいじったってことかな、おそらくは。
闇は攻防一体だ。安らぎを与えるし恐怖を与えてしまうこともある。負のイメージが一般的には強いけど。
でも、それは人間の思い込みからできたと言えるんじゃないかな。僕にはそう思える。
「光の色よ闇を反映しあるべき姿へと戻せ」
呪文を唱えると闇は静かに薄れていく。ビストレードの闇が消滅した証拠だ。
あっけなかったけど……気を付けておこう。これからは皆を夜は外に出さないほうがよさそうだ。
焦れば焦るほど呑み込まれてしまう。襲ってくるものが緩やかな恐怖であるほど、勝敗は精神力にかかってくるから。
「あ、早く帰らなきゃ」
レリちゃんが結構、門限に拘るんだよなあ。旅で門限を気にするのも妙な話だと思うんだけど。
寝ててくれても良いのに、皆が寝てても一人で起きて待ってくれてるし。彼女は朝に強くないのに。
今まで、僕にそこまでかまってくれる人は姉さんかラーキさんくらいのものだった。
「そう、二人だけ……えっ、二人!?」
あった。清海ちゃんがこの闇通りに入る方法が! ああ、どうして今になって気づいたんだろう。
思考を重ねているうちに、最後の手順を踏んでしまった。僕の身体はもう闇通りの外だ。
「もし、清海ちゃんが手順を知る誰かと行動を共にしていたのなら……」
神憑きでなくても、手順を知らなくても入ることが出来る。誰かの誘導があったら、簡単なことだ。
それならあり得るし、最悪な予想もたつ。誰かに捕らえられて、そいつが隠れ蓑に闇通りを利用したのなら?
そうだ、危険なのは別に闇通りという厳密に区別がされる場所だけじゃない!
たとえ錯覚でも皆には伝えておくべきだ。清海ちゃんみたいな子を見かけたって。
今日はもう、確認をとりに戻ることは出来ない。
闇通りは、いつだって通過することが出来る場所じゃないんだ。“鍵”までは入手していない。
自分で用意していた、回せるだけの有り金全てを叩いて入る手順と出る手順を情報屋から教えてもらった。
一度きりで済むだろうと思って、時間を気にする必要のない方法は知ろうとしなかった。
もしかしたら、あの時清海ちゃんと合流することが出来たのかもしれなかったのに!
朝の日差しに、ふと目を覚ます。天井は黒っぽい木目だった。
いつ寝ちゃったんだろう。宿に入って椅子に座ったのまでは覚えてるんだけど。
宿の受付の人と話してるレイの後ろ姿を見てるとウトウトしちゃって。多分、そのときかなー。
でも、自分でベットに辿りつく前に寝ちゃうなんて、相当疲れてたのかな? 変な夢も見たことだしね。
外の物音がうるさくて、魔法を放った夢。そうしたらまた静かになったから寝直したっていう。
ベットに寝かせられていることに、私はようやく気づいた。運んでくれたのって、レイ?
そういえば、昨日もこんな感じに目覚めたよね私。その時も、まあレイがベットに運んでくれたんだと思う。
でも、昨日とは違うこともある。顔だけ左を向くと、カースさんが向かい側のベットにいた。
カースさんはまだ寝てる。まあ、仕方ないのかな。岩肌がむき出しの場所にある牢獄で今まで寝起きしてたんだろうし。
「お前はじいさんに何の用だったんだ」
首を右に動かすと椅子に座っているレイが私を見つめていた。あ、これは昨日と同じ。なんだかそれが嬉しい。
「おはよう。昨日、ベットまで運んでくれたんだよね? ありがとね」
おかげで今日はいい目覚めになったよ。朝の日差しで目が覚めるっていいことなんだね、改めて気づかされたなぁ。
あ、でも。本当はこんなにのんびりしてる場合じゃないよね。皆と早く合流しなきゃならないし。
「礼はいらない。それよりも、問いに答えろ」
「えー。朝の挨拶くらい返してくれたっていいでしょ」
「駄々をこねるな」
むーむー、と抗議の声を私が出したらレイはお返しとして溜息をついた。
「……で? お前は、何の用でじいさんに会いに来た」
「えーっと。何でだっけ? ちょっと待ってね、寝起きだから」
忘れたのか、という顔でレイは私を睨んだ。
睨まないでよー。そんな顔されたって思い出すのには時間かかるんだもん。
「あ。そうそう、手紙ちょうだい」
「主語を抜かすな。幼児かお前は」
「レイの文法チェック厳しいよ。でもカースさんは今、持ってないんだって」
「そうか。少し待て。心当たりが見つかるかもしれない」
カースさんの手紙をキリさんに渡して欲しいって言われて来たんだよね、私たち。
私は返答がもらえるまでの間、いろんなことを話した。少しでも役に立つといいなと思って。
光奈に頼まれて、この国に六人で来たこと。手紙を渡されたら砂漠を越えることを。
「……キリ=ルイスの件か。面倒だな。おまけに人選も正しいとは思えない」
「何が面倒なの? 人選は──まあ、否定しないけど」
旅立ったその日に私が迷子になっちゃったもん。悲しいけど、反論の余地はなし。
レイは思惑ありげな表情で私の顔を見る。その視線に耐えきれなくて私は顔を背けた。
そしてその顔が向いた先にはカースさんがいるわけだけど。うーん、まだ起きないなぁ。
「試す価値はあるか」
ぽつりとレイはそう言葉を洩らした。
「試すって、何を?」
「出かけるぞ。ついてこい」
「え、カースさんほっといて良いの? まだ寝てるよ」
「ああ。狸寝入りをしているだけだ」
「ほへ? そうなの」
まあ、レイが言うのならそうなのかも。
「わぁ! レイ、此処って図書館なの?」
辿りついたのは大きな施設で、建物の中にはいると本棚には整理番号のついた書籍がびっちり詰まっていた。
市内の図書館よりも壁が高いし、奥行きも広そう!
「そうだ。はしゃぐものでもないだろう、これくらい」
「えー、そんなことないって。かなり広いよ」
こんなに広い図書館、いままで見たことない。そうそうにお目にかかれる広さじゃないよ。
しかも全部この世界の文字で書かれてる。まあ、何故か習った覚えもないのに読めちゃうんだけどね。
言葉が通じるのと同じ原理が働いてるのかな? 便利でいいけど。英語もそうなら楽なのになー。
「そうだな……少なくとも国内では此処が最も蔵書が多いが」
「へえー。物知りー」
図書館なら、勝手に読んでみてもいいんだよね?
私は手近な場所にある本を一冊抜き取ってパラパラとページをめくってみた。
「えーっと、何々?」
"魔道の心得 火・水・緑・霊・風・雷・地の章。
この魔法を得るにはまず自然と調和することが必要である。
よって、雄大な自然の中で生きる者に魔法を使う素質があるといえるだろう。
まずは外へ出、風と緑を感じ地の逞しさを知ることから学び始めることが基本だ"
面白いのかな、こんな理論。よくわからないけど、私は本をあった場所に戻した。
あれ、そういえばレイは? 置いていかれたわけじゃないよね。連れてきておいてそれはないよ。
「行くぞ」
レイはぶ厚い本を一冊抱えて私に声をかけた。もしかして、借りる手続きをしてたのかな。
「あ、うん」
「それで、今度は何するの?」
今度は丘まできた。結構時間がかかったなあ。疲れたよ。レイは何ともなさそうだけど。
「周りの景色をよく見てみろ」
言われて見渡してみると、お城とか街がよく見渡せた。あ、景色が良いんだ此処って。
なんだか草原っぽいし。花とか木がたくさん生えてる。でも、人は私たち意外にはいなかった。
絶景の穴場スポットだね。でも、私にそれを見せてどうするんだろう?
「これを使ってみせろ」
そう言って突き出されたのはさっきのぶ厚い本。よく片手で持てるなあ。馬鹿力でもあるの?
「どうやって? それに、この本は何なの」
ちゃんと両手で受けとってから訊いた。本は見た目と違わず、ずっしり重かった。
「いいから読め」
この調子だと答えてくれそうにないや。自分は答えろって命令するくせにさー。
まあ、抗議しても駄々をこねるなって言われそうだし。私は諦めて本を読むことにした。
重たすぎてずっとは抱えていられない。地面に座って膝の上で本を広げてみる。
「うーん……これは、無理。これも駄目」
何となくピンとこない。なんて言うか、パッと見、読む気になれないんだよね。
ページを一枚ずつめくり続けて、ようやく読む気になれるぺージを見つけた。
「ディサカルド、ドラムーサ。シェファ、エイド。ラスムーラ」
「読めるのなら続けろ」
「フェドバレード、グードト。コッパルァー、ミシェイ、ルダ。ファンスセラ」
読めてるよーな読めてないような。ただこういう文字にしか読めない。
最初のは風よ、って書かれてるのはわかるんだけど。途切れ途切れ解読できるものは見つけたんだけどね。
「ランダード。ミーヒッドエワッシェム、ドイフィー。ミソード、ラティーファムラーミ。ファファドレムジュ」
すっと手をお城のほうへと伸ばしてみる。指先をぴ、っと揃えて意識を塔の天辺へ。
『シュッシュッシュ』
「へ?」
お城に向かって風が放たれた。そんな感じの音がしたなと思ってたらお城の左半分が壊れた。……はいぃ?
「やはりな。あの威力、夜中の雷撃はお前の仕業か」
「え、なんの話?」
「覚えていないのか」
「さあ? よくわからない。夢なら昨日見たよ。そこでは魔法を使ったけど?」
「呆れた魔力の持ち主だな」
「あははははー。でもそれより、あのお城はどうしよう?」
私がそう言うとレイは少し考えて言った。
「まあ、良いだろう。黙ってればバレない」
「や、よくないでしょ」
壊した私が言えたことじゃないけど、さらりとそんな風に流しちゃう?
「ばっくれるぞ」
「え……」
ばっくれるって言葉をレイが使うなんて! あ、いやそうじゃなくて。
「帰るぞ。することもない」
レイはすたこらさっさと来た道を戻っていく。良いのかな……お城、半分壊しちゃったけど。
「早くしろ。捕まりたいのか」
「うっ。痛いところを……待ってよー!」
今回だけは逃げさせてもらおっと。捕まったらそれはそれでまた厄介なことに発展しそうな気がするし。
そもそも、断じて悪いことはしてないけど前科を作っちゃったしなあ。あのチビとかチビとか。
「ねえ、手紙は?」
宿に戻ってから思い出した。手紙の話をしてたらレイに話を逸らされたんだっけ。
「生憎と俺も持っていない」
「えー。じゃあ誰が持ってるの?」
レイとカースさんが駄目なら、私にはもうお手上げだよ。どうしよう。することなくなっちゃった。
これだと皆との合流の道も途絶えたようなものだし。いや、カースさんといればあっちから来るのかな?
ここ数日カースさんは牢獄に居た。つまり、鈴実たちとも接触してないってことだよねそれは。
「検討はついているがな」
「誰なの?」
「ルネス=ディオル」
今、この国の政治を牛耳っている者だ。そうレイが教えてくれた。
えーっと。参考にしてるのが漫画だから、もしかしたら大間違いなのかもしれないけど。
ひょっとして私今、裏社会に顔つっこんじゃってる?
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